結果/介入 | 重症度 | 浸透率 | 有効性 | 介入の程度 とリスク |
アクセス性 | スコア |
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SEGA/mTOR阻害剤治療 | 2 | 2N | 2B | 2 | B | 8NB-B |
腫瘍等による罹患と死亡/介入が有用である際の腫瘍等の画像による検出 | 2 | 3N | 2B | 3 | B | 10NB-B |
女性のLAM/mTOR阻害剤治療 | 2 | 2N | 2B | 2 | B | 8NB-B |
*日本では腎AML,てんかんに対してmTOR阻害薬治療が保険適用されている
状態:結節性硬化症(TSC)
遺伝子:TSC1, TSC2 |
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項目 | エビデンスに関する説明 | 参考文献 |
1.病的アレルを有する人の健康への影響 | ||
遺伝性疾患の有病率 | 結節性硬化症 (tuberous sclerosis complex; TSC)の有病率は新生児において1/6,000,10歳以降では1/11,000から1/14,000である. | 1,2,3 |
日本では10,000人に1人の割合と推定されている. | 16 | |
臨床像(症候/症状) | TSCは緩徐進行性の希少疾患で,脳・皮膚・腎臓・心臓・肺・網膜やその他の臓器の、無秩序な細胞増殖と分化異常を伴い広範に形成される良性腫瘍を特徴とする.これらの腫瘤は嚢胞,病変,小結節,結節等で構成され,数や大きさ,発生部位は様々である.早期に重度の症状を呈する場合もあれば、軽症のため成人期まで未診断もしくは誤診されていることもある.腎症状には腎血管筋脂肪腫(angiomyolipom; AML)があり,破裂に伴う出血,皮質嚢胞,AMLもしくは多発性嚢胞に起因する慢性腎不全、悪性腫瘍を合併する.TSCの成人女性は肺リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis; LAM)を発症することがあり、末期の呼吸不全を引き起こすこともある.脳病変については、TSC患者の80%に上衣下結節(subependymal nodules ; SEN),90%に大脳皮質結節,5~15%に上衣下巨細胞性星細胞腫(subependymal giant cell astrocytoma; SEGA)が認められる.SEGAの増大は周辺大脳組織への浸潤もしくは脳脊髄液の循環遮断による合併症を来す.皮質結節やSEN,SEGAを含む良性の脳腫瘍の形成と増大はてんかん,精神遅滞,自閉症やADHDなどの行動障害に関連している可能性がある.TSCにおける自閉症スペクトラム障害(ASD)の罹患率は24~60%とされ,性差はほとんどない.成人期には不安障害やうつ症状の頻度が高いことが報告されている.皮膚病変は外観を損ないやすいが,医学的には重症にならない.眼病変は時々症状をきたすことがある. | 1,3,4,5,6,7 |
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) | TSCの臨床症状は家系ごとにも,家族内においても多様性を示す.全般的には男性より女性の方が軽症となる傾向がある(ただし,肺LAMのように女性に多い病変もある).どの臓器も影響を受ける可能性はあるが,TSC2バリアントはTSC1のバリアントよりも重度の症状を呈する.軽症の患者では寿命を全うし,生産的な生活を送れるが,重症なTSC患者では深刻な障害が生じることもある.少なくとも3分の2の症例では,てんかん発作を伴うTSCのため1歳までに診断がつき,皮質結節が見つかることがある.心横紋筋肉腫は特に胎児期に発生することがあり,幼児期に消失するまでサーベイランスが必要である.てんかんは小児期の主用な症状であり,成人期まで継続する行動や神経精神的な症状を伴うことがある.TSC患者における若年死亡の主な(32.5%)原因は重度の精神遅滞の合併症(例:てんかん重積,気管支肺炎)である.若年死で次に多い原因は腎臓病である(27.5%).腎障害は48~80%の患者が有し,20歳未満で発症することが多いが,成人期まで十分な医学的管理を必要とする結果となる.TSCが腎臓悪性腫瘍発生のリスク因子であるかどうかは議論中であるが,TSC患者の0.5~4%の確率で見られている.また、患者の少数ではあるが,SEGAは思春期もしくは成人期早期に発生する傾向があり、大きさが変化せず推移することもあるが,いつでも増大し深刻な病状や死に至たる場合もある.TSCのLAMを発症した女性の平均診断年齢は28歳である. | 1,2,5,7 |
2. 予防的介入の効果 | ||
患者の管理 | 診断時には,脳のMRI,腹部撮影,腎機能検査,血圧測定,心臓超音波検査,皮膚や歯、眼の精密検査を全患者にする必要がある.また、18歳以上の女性においてはベースラインとなる呼吸機能検査,6分歩行検査,胸部高分解能CT(HRCT)も必要である.(Tier 2) | 1,6,8 |
新規に診断された成人は認知,行動,作業のアセスメントを行い,将来的な評価のためのベースライン状況を把握しておく必要がある.心理社会的ニーズの評価も実施されるべきである.(Tier 2) | 8 | |
脳室肥大や原因不明の神経症状・精神症状を伴うSEGAに対しては,介入(外科的切除またはmTOR阻害剤を使用した治療)や頻回な経過観察、画像撮影が必要である.2つの前向き研究では,mTOR阻害剤であるエベロリムスを使用後6カ月で35~42%の患者においてSEGAの50%以上の著しい縮小がみられた.(Tier 2) | 8,9 | |
日本では,両側にAMLを多発し,長径4cm以上もしくは腫瘍内動脈瘤5mm以上がmTOR阻害剤の一般的な適応である.(Tier 3) また、無症候性でも長径3cmを超える大きさの腎血管筋脂肪腫が存在する場合や、びまん性に腎血管筋脂肪腫が存在する場合にはエベロリムスによる治療を考慮するべきである.(Tier 2) | 17,18 | |
AMLの出血破裂の可能性や症状について患者に知らせ,急性破裂に対応可能な近くの医療機関を確認しておく必要がある.LAMがある患者には気胸のリスクと症状について教育および注意喚起し,症状が出たときにはすぐに医療機関を受診するよう促すべきである.(Tier 2) | 1,6 | |
呼吸器症状(呼吸困難,気胸)の発症時には性別に関係なく胸部画像検査が必要である.呼吸機能の維持や改善のためにmTOR阻害剤を使った治療が適応となることがある.89人のLAM患者を対象とした1年間にわたるシロリムスのプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験では、FEV(1)の平均変化のグループ間差はベースラインの約11%となり,シロリムスが有効であることが明らかとなった.シロリムス群では,努力性肺活量,QOL,肺機能の改善が認められたが,6分歩行検査では改善が見られなかった.(Tier 2) | 1,6,8 | |
妊娠を検討しているTSC患者は妊娠する前に遺伝医療部門を受診し,妊娠中のリスクについて把握しておくべきである.(Tier 2) | 1 | |
サーベイランス | TSCの診断後は適切な対応やTSC関連の二次的合併症の予防のために継続的かつ定期的なサーベイランスが必要である.(Tier 2) | 8 |
少なくとも1年に1回はTSCに起因する神経精神症状の確認と日常生活への影響について確認・管理することが必須である.(Tier 2) | 8 | |
全てのTSC患者における毎年の腎病変や血圧の経過観察の必要性が示されている.条件を満たす場合は, |
1,8 | |
皮膚については皮膚病変の有無を見るために毎年サーベイランスが行われるべきである.出血や外観を損なう可能性のある病変については初期介入が必要である.(Tier 2) | 8 | |
肺LAMのHRCT画像は無症状であった女性についてはベースラインを確認後,5~10年毎に繰り返し実施,もしくは少なくとも30~40歳までに行う.(Tier 2) | 1,6,8 | |
SEGAの早期発見のため,MRIを使用したサーベイランスは25歳までは1~3年毎に,精神遅滞があり症状を正しく訴えることが難しい患者の場合はもっと頻回に行うべきである.25歳までにSEGAがない患者ではそれ以上のサーベイランスは不要だが,無症状の腫瘍がある場合は,増大する可能性があるため生涯にわたりMRIによる経過観察が必要である.(Tier 2) | 8 | |
眼科にて年1回の検査が望ましい.視野障害が生じた場合は,脳腫瘍の影響も考えられるため,眼科や脳外科の専門医を受診すべきである.(Tier 2) | 17 | |
家族の疾患管理 | ||
回避すべき事項 | LAMがある患者は禁煙すべきである.(Tier 2) | 6 |
エストロゲン療法は腎AMLの増大や破裂,肺LAMがある患者の急激な肺機能低下に繋がる可能性があるため,これらの症状がある患者は避けるべきである.症状がない場合でも,思春期以降は喫煙とエストロゲン療法のリスクについて話し合われるべきである.(Tier 2) | 1, 8 | |
腎摘出は合併症や腎不全のリスクが高いため避けるべきである(Tier 2) | 8 | |
3. 健康危害が生じる可能性 | ||
遺伝形式 | 常染色体優性遺伝 患者の3分の2はTSC1もしくはTSC2遺伝子にde novoバリアントを有する. |
2 |
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 | 一般集団における病的バリアントの頻度についての情報はない.TSCの明確な臨床症状を呈し病的バリアントを有する患者の約30%はTSC1病的バリアントを有し,それ以外はTSC2のバリアントを有する.(Tier 3) | 2, 10 |
約15~20%のTSC患者で病的バリアントが検出されない.(Tier 3) | 2, 10 | |
浸透率または相対リスク | 3歳未満でてんかんを発症した103人のTSC患者を対象とした研究では,90%がTSC1もしくはTSC2に病的バリアントを認め,40%にはASD(自閉症スペクトラム障害)があると推定された(Tier 5) | 11 |
臨床症状,およびTSC1またはTSC2の病的バリアントに基づいてTSC患者を選択し実施された3つの研究により,次のような特徴が明らかとなった. ・診断年齢の中央値は10~13歳(全体では0~64歳の幅がある) ・皮膚症状:白斑(92~96%),顔面血管線維腫(63~80%),シャグリンパッチ(44~55%),額の線維性局面(33~41%),爪囲線維腫(20~37%) ・TSCの病的バリアント保有者ではSENが89~95%,大脳皮質結節もしくは大脳皮質下結節が88~91%,SEGAが12~31%において認められた. ・病的バリアントが同定された患者のうち発作は80~95%,精神遅滞は48~76%に認められた. ・腎AMLは42~56%,腎嚢胞(グレード問わず)は23~27%の成人に認められた.(Tier 5) |
12, 13, 14 | |
上記と同様に選択された2つの研究において,TSC女性の12~39%にLAMがみられた.(Tier 5) | 13, 15 | |
表現度 | TSCの表現度には大きな幅がある.皮膚の表層病変のみもしくは軽度のてんかん発作のみの患者がいる一方で,身体的に深刻な影響を与えたり精神遅滞を呈したりする患者もいる.一卵性双生児においても表現度は異なるとの報告がある.(Tier 3) | 3, 5 |
4. 介入の性質(主効果以外の影響) | ||
介入の性質 | TSCの表現度は個人によって異なるため,非侵襲的で包括的な多臓器の医学的検査が必要となる.例えば,神経学的検査,脳のMRI,心臓検査,心臓超音波,眼科検査,皮膚検査,腹部の超音波もしくはCTなどである.mTOR阻害剤での治療が必要となる患者では,心筋梗塞,代謝異常,骨髄抑制,間質性肺炎や腎不全などの中程度の副作用のリスクが伴う. | |
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性 | ||
臨床的に見逃される可能性 | TSCは症状が多岐に渡る疾患であり,3分の1の患者しか古典的な三主徴であるてんかん,学習障害,顔面血管線維種を呈さない.てんかんや学習障害がない場合は,軽度な皮膚の症状があるのみで見過ごされることもある.症状の幅広さと非特異性、およびde novoの病的バリアントの確率が高いことから,何年もの間、TSCと診断されていなかったり、誤診されている場合がある.(Tier 4) | 2, 6, 7 |
6. 遺伝学的検査へのアクセス | ||
遺伝学的検査 | 発症者のTSC1, TSC2の遺伝学的検査は保険適用されている. |
参考文献
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