ClinGen 最新バージョン 2.1.2 (2021.6.21)
日本版対応バージョン 2.1.0 (2020.2.13)
日本版作成協力者:平岡弓枝 六車直樹 

PTEN過誤腫症候群(PHTS)サマリーレポート


結果/介入 重症度 浸透率 有効性 介入の程度
とリスク
アクセス性 スコア
乳癌/サーベイランス 2 3C 2B 3 A 10C-A
甲状腺癌/サーベイランス 2 2A 2C 3 A 9AC-A

状態:PTEN過誤腫症候群(PHTS) 遺伝子:PTEN
項目 エビデンスに関する説明 参考文献
1.病的アレルを有する人の健康への影響
遺伝性疾患の有病率 PTEN過誤腫症候群(PHTS)の有病率は不明である.PHTSにはCowden症候群(CS),Bannayan-Riley-Ruvalcaba症候群(BRRS),成人Lhermitte-Duclos病,PTEN関連Proteus症候群,Proteus様症候群,および大頭症を伴う自閉症スペクトラム障害が含まれる.PHTSの発生率は不明だが,CSの発生率は200,000人に1人であると報告されている.しかしCSに関連する一般所見と多様な症状を考えると臨床診断は困難であり,患者の多くはCS診断に至っておらず過小評価されている可能性がある. 1.2.3.
4.5.6.
CSの国内患者数は約500~600人と推計される. J1
臨床像(症候/症状) PHTSは,これまで個別の症候群として扱われてきた臨床像を網羅的に含んでいるが,現在,すべてのガイドラインにこの新しい用語が使われているわけではない.したがってこのレポートは,特定の臨床像について既存のガイドラインから利用可能な推奨事項とエビデンスを提示する. PHTSは表現型が様々で,一般的に遺伝子型/表現型の相関が乏しいこともあり,二次的所見としてPTEN病的バリアントが得られた場合にはPHTS全体を考慮することが適切である.PHTSは,皮膚,粘膜,乳房,甲状腺,子宮内膜,脳などの様々な臓器や組織における複数の過誤腫および(または)癌病変の発症に関連する.粘膜皮膚病変はPHTSの主な特徴であり,顔面の外毛根鞘腫,顔面丘疹,肢端角化症,口腔内乳頭腫症,乳頭状上皮腫が含まれる.巨頭症は一般的な症状である.結腸および他の腸全体の至るところに様々な組織型の過誤腫性ポリープが複数発生し,数個から多数(場合によっては数百個)に及ぶ場合がある. PHTSは乳癌,甲状腺癌,胃癌,結腸癌のリスク増加とも関連している.腎細胞癌や悪性黒色腫もPHTSと関連する.関係性は明確ではないもののPHTS女性では子宮内膜癌のリスクもあるとされる. PHTSのその他の特徴として,陰茎亀頭の色素斑,小脳異形成神経節細胞腫,脂肪腫,知的障害,血管異常などがある. 1.2.3.
4.5.6.7.
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) メタアナリシスからCS患者の平均発症年齢は38歳(範囲:3~77歳)であることが示されている.30歳までに99%が粘膜皮膚病変,肢端角化症,足底角化症を発症する.甲状腺疾患の平均発症年齢は32歳,乳癌の平均診断年齢は38?50歳である.上皮性甲状腺癌の発症年齢中央値は37歳だが,8歳未満や6歳診断の報告もある.子宮内膜癌,大腸癌,腎細胞癌は30代後半から40代前半に発症リスクの増加がみられる.対になった臓器では両側性,多発性の癌を発症する可能性が高くなる.PHTS女性は,男性に比べて癌発症リスクが2倍高いと報告されている.一部のPHTSでは,小児期において先天性奇形および重度の組織過成長がみられる. 1.2.4.5.
2. 予防的介入の効果
患者の管理 PHTSと診断された患者のニーズと疾患程度を確定するには,以下の評価が推奨される.
・詳細な病歴と家族歴
・身体所見(特に皮膚,粘膜,甲状腺,乳房に注意を払う)
・小児では,神経発達評価を検討
・サイトスピンによる尿検査
・臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーとの相談 (ティア4)
5.
・小児では精神運動評価を検討する.症状がみられる場合,脳MRIも実施する.(ティア2)
・乳房および子宮のリスク低減切除術は症例ごとに議論されるべきである.(ティア2)
1.
PHTSまたはPTEN病的バリアントを有する患者におけるリスク低減手術の有効性に関して,直接的なエビデンスは確認されていない.2つの観察研究と3つの臨床決断分析研究では,乳癌家族歴またはBRCA1 / 2病的バリアントを有する女性のリスク低減皮下/乳房切除術は,乳癌リスクを有意に低減し有効であると示唆している.観察研究の1つは,乳癌家族歴のある女性では,リスク低減乳房切除術が乳癌の死亡率低下に関連があると報告している.両側乳房全摘術を受けて3年以上経過した女性では浸潤性乳癌発症は認められなかった(8/63人のサーベイランスのみ実施女性と比較).もう1つの観察研究では,乳房切除術を受けた中等度リスクの女性は89.5%,高等度リスクの女性では90-94%においてリスクが減少したことが示された.死亡率の低下は,中等度リスクの女性では100%,高等度リスクの女性では81?94%であった. (ティア1) 8.
サーベイランス 年1回,全身にわたる身体検査を,18歳もしくは家系内で診断を受けた最年少年齢から5歳早くのいずれか早期から開始する.また,患者は癌の徴候と症状についてよく学んでおく必要がある. (ティア2) 1
乳癌に対しては,40歳以降に年1回のマンモグラフィーを開始することが推奨される.30歳から初期サーベイランス開始が検討されることもある. PHTSまたはPTENの病的バリアントを有する患者における乳癌サーベイランスの有効性に直接的なエビデンスは示されていない.ガイドラインで引用されているエビデンスは,BRCA1 / 2病的バリアントまたは乳癌家族歴のある患者に基づいている.あるガイドラインは,エビデンスは乏しいが,50歳未満の乳癌家族歴がある女性にマンモグラフィーを実施することが,疾患特異的生存効果を示唆している.まず観察研究で,マンモグラフィーを受けて乳癌と診断された50歳未満の家族歴がある女性では,マンモグラフィーを受けていない同年代乳癌女性のコントロール群と比較して,乳癌死亡は少ない傾向であった(リードタイムバイアス調整後HR = 0.24; 95%CI:0.09-0.66]).次に、乳癌死亡をモデル化したマンモグラフィーのサーベイランス研究の50歳未満の家族歴がある女性群と,別研究のコントロール群を診断時の予後因子とリスク因子を用いて比較したところ,乳癌の10年死亡予測は,サーベイランスを受けていた群の方がコントロール群よりも低かった(RR = 0.80; 95%CI:0.66-0.96).さらに,集中的なマンモグラフィー実施によるサーベイランスプログラム中に乳癌と診断された28歳から77歳のBRCA1 / 2病的バリアントを有する人は,このプログラム以外で診断された人よりも死亡率が低いことが後ろ向き研究で示されている(HR = 0.44; 95% CI:0.25-0.77]). (ティア1) 8.
日本のガイドラインでは以下のように示されている.
・18歳から乳房自己検診開始する.
・25歳または家系内で最も低い乳癌発症年齢の5~10歳前(いずれか早い方)から,6~12か月毎の問診・視触診を開始する.
・30~35歳または家系内で最も低い乳癌発症年齢の5~10歳前(いずれか早い方)から年1回のマンモグラフィーまたはガドリニウム造影MRI検査によるスクリーニングを開始する.
J2
1~2年に1回の子宮内膜生検による子宮内膜癌のスクリーニングが検討されることがある.しかし,CS患者の子宮内膜癌のスクリーニングに関するデータはなく,効果は不明である.出血異常などの症状に迅速な対応ができるよう子宮内膜癌の症状についての患者教育が推奨されている.迅速な対応により子宮内膜癌の早期発見に繋がる. (ティア2) 1
小児期を含み,患者は診断時から甲状腺超音波検査および診察を毎年受ける必要がある. (ティア2) 1.7
PHTS患者における甲状腺サーベイランスの有効性に関するエビデンスは存在しない.シングルケーススタディでは,スクリーニングで甲状腺癌が検出された家族性大腸線種症(FAP)患者と甲状腺癌を偶然に発見されたFAP患者を比較し,スクリーニングする方が検出される腫瘍は小さく,陽性リンパ節陽の数も少ないことが示された. (ティア2) 9
患者は下部消化管内視鏡検査と上部消化管内視鏡検査を受けるべきである.開始する年齢は15歳から35歳,頻度は2~5年に1回とガイドラインによって異なる.(ティア2) 1.7
PHTS患者の下部消化管内視鏡検査および他の消化管サーベイランスの有効性に関するエビデンスは不十分である.リンチ症候群(LS)ならびにFAP患者のエビデンスに基づくスクリーニングは,大腸癌のリスク低下を示している.両疾患を評価したシステマティックレビューでは,LSの研究6件のうち5件では,サーベイランスによって大腸癌の発生率が有意に低下していたが(OR推定区間:0.11-0.35),6件目ではOR=0.93であり,有意な結果は得られなかった.4件のLS研究のうち2件は,サーベイランスによって大腸癌関連死亡率の有意な減少を示した(OR推定区間:0.04-0.17),4件のうち3件では,サーベイランス実施群の死亡率の報告がなかった.FAPでは,27件の研究のうち26件で,スクリーニングプログラムを受けず有症状で受診したポリポーシス/ 大腸癌患者と比較し,スクリーニングを受けた患者の大腸癌発生率は統計的に有意な減少が認められた(OR推定区間:0.01-0.37).8件のFAP研究では,スクリーニング群(N = 1028)とコントロール(有症状)群(N = 947)の比較で,有意な大腸癌死亡率の減少が認められた(OR推定区間:0.01未満-0.16).2つのFAP研究では,追跡期間は短い(2?4年)ものの,サーベイランス期間中における大腸癌関連死を完全に防いだことを示した. (ティア1) 10
腎細胞癌のサーベイランスとして,年に一回の細胞診を含む尿検査と,可能であれば腎エコーが推奨される.開始年齢はガイドラインによって異なり,18歳から40歳とされている. (ティア2) 1.7
黒色腫のサーベイランスは,年1回の身体診察を18歳までに開始することが推奨されている. (ティア2) 1.7
PTEN病的バリアントを有する人における黒色腫サーベイランスの有効性に関するデータはない.皮膚癌の視覚的スクリーニングに関するシステマティックレビューでは,平均的リスク患者の罹患率と死亡率についての皮膚癌スクリーニングの有効性を扱った試験は認められない.ある地域創刊研究では,集団ベースの皮膚癌スクリーニングプログラムを実施後,人口および年齢を調整した黒色腫の性別年齢調整死亡率は48%減少し,絶対死亡率の差は10万人あたり0.8人であった.8件の観察研究では,診断時の腫瘍の厚さもしくは病期と死亡率との関連が調査された.すべての研究において,腫瘍の厚さの増加に伴う黒色腫死亡リスクは一貫した線形増加を示した.腫瘍が 4.0mmより厚い場合は多変量モデルにてハザード比3.1-32.6で関連が認められ,薄い病変と比較して黒色腫死亡のリスクが高いことを示している. (ティア1) 11
家族の疾患管理 PTEN病的バリアントが発端者で同定された場合,未発症家族の血縁者診断をすることによりPHTS患者かどうか同定することができる.これらの患者は初期評価とサーベイランスを受けていく必要がある. 5
回避すべき事項 急速な組織再生の傾向があるため,悪性病変が疑われる場合,もしくは症状が著しい場合にのみ皮膚病変を切除することが推奨される. (ティア4) 5
3. 健康危害が生じる可能性
遺伝形式 常染色体優性遺伝形式
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 PTEN病的バリアント頻度に関する情報は得られなかった.
浸透率または相対リスク 浸透率に関する入手可能なエビデンスの多くはCS関連だが,PTEN病的バリアントと関連する他PHTS診断患者は,CS関連の癌発症リスクも想定されるべきと示唆している. 1
PTEN病的バリアントの推定浸透率は高く,約80%である.CS患者の90%以上が,20代後半までに何らかの臨床症状の兆候がみられる. (ティア3) 1.5
罹患者の99%が30歳までに粘膜皮膚斑を発症する.(ティア3) 1.2.5
CSの診断基準を満たしている人では,あらゆる癌の累積生涯リスクは89%である. (ティア2) 1
CS女性の乳癌生涯リスクは25?50%と推定されているが,CSまたはPTEN病的バリアントを有する人の累積罹患率は77?85%とする報告もある. (ティア3) 1.5
CS患者181人のメタアナリシスでは,53%が甲状腺病変を有するとされており,病理学的には甲状腺腫(41%),腺腫(25%),濾胞癌(7%),甲状腺炎(7%),乳頭癌(6 %),癌(組織型不明)(3%),髄様癌(1%),および甲状腺機能亢進症(1%)が報告されている.さらに,患者の54%に粘膜皮膚病変,39%に消化管病変,31%に乳房病変,28%に巨頭症がみられた. (ティア1) 2.7
子宮内膜癌の生涯リスクの推定値は5?28%である.腎細胞癌の生涯リスクの範囲は15?35%である. (ティア3) 1.5.7
大腸ポリープは,下部消化管内視鏡検査を受けているCS患者に最大95%でみられ,最も一般的な組織型は過誤腫で,最大29%でみられた.また,CSの大腸癌生涯リスクは9?16%である. (ティア3) 1.5.7
黒色腫の推定累積生涯リスクは6%である. (ティア3) 1
CS患者の約80~100%が巨頭症であると推定されている.(ティア3) 1
表現度 PHTSの臨床像は,同じPTEN病的バリアントを持っている同家族内においても,様々な表現型,年齢依存性浸透率を示す.CSおよびBRRSは,さまざまな表現型および年齢依存性浸透率を伴う同じ症候群であると見なされている.(ティア3) 3.5
4. 介入の性質(主効果以外の影響)
介入の性質 PHTSの管理には,多角的に定期的な侵襲的および非侵襲的スクリーニング検査と,罹患女性に対しては予防的臓器摘出術の推奨が含まれる.
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性
臨床的に見逃される可能性 PHTS患者の癌発生年齢を考えると,一般的な集団検診では予防策を講じることはできない.PHTS患者のサーベイランスが増加すれば,初期で治療可能な段階での腫瘍を検出できるようになる. (ティア4) 5
6. 遺伝学的検査へのアクセス
遺伝学的検査 遺伝子解析を受託している複数の遺伝子検査会社(衛生検査所)にて解析が可能.方法はサンガーシークエンス法とMLPA法の組み合わせ,もしくはNGSによる生殖細胞系列遺伝子のパネル検査にPTENが搭載されている.

参考文献
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