結果/介入 | 重症度 | 浸透率 | 有効性 | 介入の程度 とリスク |
アクセス性 | スコア |
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悪性高熱症の発生/誘発麻酔薬の使用回避 | 2 | 3C | 3B | 3 | C | 11CBC |
悪性高熱症の発生/リスクの高い状況の認識 | 2 | 3C | 0D | 3 | C | 8CDC |
状態:悪性高熱症素因
遺伝子:RYR1, CACNA1S |
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項目 | エビデンスに関する説明 | 参考文献 |
1.病的アレルを有する人の健康への影響 | ||
遺伝性疾患の有病率 | 悪性高熱症の発生率は、麻酔症例あたりの発生率の報告に基づいて説明されることが多い。悪性高熱症の発生率の推定値は、3,000~500,000麻酔症例あたり1回の範囲である。悪性高熱症の発生率は、小児でおよそ10,000麻酔症例あたり1回、成人でおよそ50,000麻酔症例あたり1回と報告しているものがほとんどである。悪性高熱症の推定有病率は60,000~100,000人あたり1人である。ニューヨーク州立病院で手術を受けた患者の悪性高熱症の有病率は、成人で1/100,000、小児で3/100,000と推定された。しかし、手術中に著しい高熱を生じた患者の多くは、悪性高熱症の素因者であると評価される可能性があるため、正確な発生率と有病率を明らかにすることは困難であった。米国では毎年1,000件以上の悪性高熱症の症例発生があることは確実なようである。 | 1,2,3,4, 5,6,7,8 |
1960年から現在まで、わが国で劇症型の悪性高熱症の発生総数は400症例を超え、男女比はほぼ3:1で男性に多い。本疾患は遺伝性骨格筋疾患であることより、潜在的な素因者は相当数あると推察される。 | 9 | |
臨床像(症候/症状) |
悪性高熱症は、素因者が特定の揮発性吸入麻酔薬(デスフルラン、エンフルラン、ハロタン、イソフルラン、セボフルラン)に単独、または脱分極性筋弛緩薬(サクシニルコリン)とともに曝露されることで、制御不能な骨格筋代謝亢進を引き起こす遺伝薬理学的な骨格筋障害である。 悪性高熱症のエピソードは、高炭酸ガス血症、急速に上昇する呼気終末二酸化炭素分圧、頻脈を初発症状とし、その後に高熱が生じる場合がある。その他の症状には、アシドーシス、筋強直、コンパートメント症候群、横紋筋融解症とそれに続くクレアチンキナーゼの増加、不整脈または心停止のリスクを伴う高カリウム血症、急性腎不全のリスクを伴うミオグロビン尿症などがある。
悪性高熱症の素因者の一部に、熱や運動などの非麻酔状態であっても悪性高熱症が誘発されるエピソードを起こす可能性があるという報告が増えている。しばしば悪性高熱様症候群と呼ばれるこれらの非麻酔誘発性エピソードは、労作性横紋筋融解症として現れることがある。臨床的特徴は悪性高熱症に類似しており、筋肉のけいれん、体温の上昇、頻脈、頻呼吸、高カリウム血症、血清ミオグロビンとクレアチンキナーゼのレベルの上昇などである。まだエビデンスが十分ではないが、これまでの報告によると、悪性高熱症の素因者と労作性横紋筋融解症の患者の間には関連があると考えられている。 |
1,3,4,5, 6,7,10, 11,12 |
自然歴(重要なサブグループおよび生存/回復) | ほとんどすべての場合、悪性高熱症の最初の症状は手術室での麻酔中に発生するが、症状は麻酔終了後約1時間以内に発生することもある。悪性高熱症の症状の出方は、麻酔開始時の誘発薬剤と代謝状態や体温などの環境要因によって異なる。ダントロレンによる適切かつ迅速な治療がなければ、死亡率は非常に高く、最大80%である。治療されて助かったケースでも、エピソード後の最初の24?36時間以内に、生命を脅かす状況に陥ったり、悪性高熱症が再発したりするリスクがある。北米の悪性高熱レジストリー研究では、1987年から2006年に報告された罹患症例の35%で致命的でない合併症が発生したことが示された。合併症には、心臓・腎臓・肝機能障害、昏睡または意識状態の変化、肺水腫、播種性血管内凝固症候群などが含まれていた。症状は男性で強く出やすいと報告されている。すべての民族で悪性高熱症の発生が知られている。 | 1,3,4,5,7 |
死亡率は1960年代の70~80%から2000年以降では15%程度にまで減少してきた。特異的治療薬であるダントロレンを使用した症例での死亡率は10%以下に低下している。 | 9 | |
2. 予防的介入の効果 | ||
患者の管理 | American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG) は、二次的所見としてRYR1またはCACNA1S遺伝子に病的バリアントが検出された後の臨床的意思決定を支援するACTシートを開発した。 | 13 |
外科手術に際しての推奨事項には、誘発麻酔薬への曝露を低減または防止するための麻酔ワークステーションの準備(たとえば、機械から気化器を取り外し、すべての使い捨て部品を交換する)、周術期の悪性高熱症の兆候と症状の注意深い監視、および術後の綿密な観察と監視が含まれる。(Tier 3) | 7,8 | |
悪性高熱症の素因者の妊婦が非緊急手術を必要とする場合は、非誘発性の麻酔法(局所麻酔、神経ブロック、硬膜外麻酔、脊髄くも膜下麻酔、全静脈麻酔)で管理する必要がある。分娩には、持続硬膜外麻酔が強く推奨される。硬膜外カテーテルを留置していない女性に帝王切開が必要な場合は、特に禁忌がない限り、Neuraxial analgesia(脊髄麻酔、硬膜外麻酔、もしくは脊髄麻酔と硬膜外麻酔の併用)が推奨される。全身麻酔が必要な場合は、悪性高熱症の素因患者用に準備された麻酔器を使用して、全静脈麻酔で管理する必要がある。(Tier 4) | 1 | |
悪性高熱症の素因患者は、悪性高熱症の素因の識別情報を携帯し、悪性高熱症に対する治療が必要になった際にその時の責任者に通知する必要がある。(Tier 2) | 11 | |
サーベイランス | 成人に対するサーベイランスとして推奨されているものはない。 | |
回避すべき事項 | 悪性高熱症の素因患者には以下の誘発麻酔薬を使用しない。揮発性吸入麻酔薬(デスフルラン、エンフルラン、ハロタン、イソフルラン、セボフルラン)および脱分極性筋弛緩薬(サクシニルコリン)。(Tier 2) | 3,7,8 |
熱や運動によって誘発されるエピソードを経験したことがない悪性高熱症の素因者に対して、活動を制限すべきではない。ただし、悪性高熱症の素因を持つアスリートは、悪性高熱症固有の緊急行動計画を作成し、現場での冷却計画を作成する必要がある。悪性高熱症の素因のあるアスリートは、一人で運動するべきではなく、その状態について医療提供者(トレーナー、チーム医師など)に通知する必要がある。熱や運動によって誘発される悪性高熱症のエピソードを経験したことがある人は、自分の経験に基づいて活動を制限する必要がある。(Tier 2) | 5,11 | |
心臓バイパス手術を受けている悪性高熱症患者では、悪性高熱症の発症との関連が指摘されているため、積極的な再加温は避けるべきである。(Tier 3) | 1 | |
セロトニン(5HT3)受容体拮抗型制吐剤は慎重に投与すべきである。RYR1の病的バリアントを保持していたマルチミニコア病の小児が、通常量のオンダンセトロンの投与を受けて突然死したという報告がある。(Tier 3) | 1 | |
3. 健康危害が生じる可能性 | ||
遺伝形式 | 常染色体優性遺伝 | 1,3,4,5, 6,12 |
遺伝子変異(病的バリアント)の頻度 | RYR1の病的バリアントは悪性高熱症の症例の最大50~75%で同定されるが、CACNA1Sの病的バリアントは悪性高熱症の症例の約1%を占めるにすぎない。(Tier 3) | 1,5,7 |
システマティックレビューによると、労作性横紋筋融解症の病歴のある患者の78%でRYR1もしくはCACNA1S遺伝子に悪性高熱症と関連した病的バリアントが認められた。(Tier 1) | 10 | |
ある研究では、悪性高熱症の素因に関連するRYR1の病的バリアントの頻度が0.46%(4/870)であることが確認された。60,000人以上を対象とした遺伝子変異のデータによると、RYR1の病的バリアントの頻度は合計1/2750と推定された。(Tier 3) | 1,5 | |
ある研究では、RYR1およびCACNA1Sのゲノムデータベースを使用して、悪性高熱症の素因に関連した病的バリアントの頻度は1/1556と推定された。(Tier 3) | 1 | |
浸透率 | 悪性高熱症の125家系を対象とした多施設症例対照研究では、RYR1関連悪性高熱症の素因の全体的な浸透率は40.6%であった。浸透率は、誘発麻酔薬に少なくとも1回曝露されたすべての遺伝子型陽性者のうち、悪性高熱症のイベントの生存者であった発端者の数に基づいていた。発端者の年齢の中央値は12歳であった。男性の浸透率は女性よりも有意に高かった(50%対29.7%、p=0.002)。(Tier 3) | 1 |
CACNA1Sに関連した悪性高熱症の素因の浸透率は不明である。 | ||
相対リスク | 相対リスクに関する情報は得られなかった。 | |
表現度 | 悪性高熱症の素因者が誘発麻酔薬に曝露しても悪性高熱症を発症しない場合がある。臨床症状は、遺伝的素因、誘発麻酔薬の投与量、曝露時間に依存する可能性がある。(Tier 4) | 1 |
遺伝的素因のある患者は、人生のどの時点においても臨床症状を示す可能性がある。(Tier 3) | 5 | |
4. 介入の性質(主効果以外の影響) | ||
介入の性質 | 介入としては、特定の麻酔薬の回避、熱(高温環境)や激しい運動の潜在的な回避が含まれる。これらの介入は軽度の負担であり、リスクは最小限である。 | |
5. 推奨されるケアにおいて,発症前のリスクや徴候が見逃される可能性 | ||
臨床的に見逃される可能性 | 通常のケアでは、悪性高熱症の素因患者は、悪性高熱症を発症する危険性のある誘発麻酔薬にさらされる可能性があり、致命的な状態に陥る可能性がある。ただし、最新の麻酔ケアとモニタリングにより、悪性高熱症の早期発見が可能になることが多いことに注目すべきである。(Tier 4) | 1 |
6. 遺伝学的検査へのアクセス | ||
遺伝学的検査 | CACNA1S遺伝学的検査はかずさDNA研究所で遺伝性周期性四肢麻痺遺伝子検査として非保険検査で実施可能である。RYR1とCACNA1Sの両遺伝子とも国立精神・神経医療研究センターで研究解析として実施可能である。広島大学大学院麻酔蘇生学教室(広島大学病院麻酔科)では悪性高熱症の遺伝子変異について多遺伝子パネル検査(RYR1とCACNA1Sおよび周辺タンパクの遺伝子変異の解析)を行っており、研究解析として実施可能である。 | 14,15,16 |
参考文献
1.H Rosenberg, N Sambuughin, S Riazi, R Dirksen. Malignant Hyperthermia Susceptibility. 2003 Dec 19 [Updated 2013 Jan 31]. In: RA Pagon, MP Adam, HH Ardinger, et al., editors. GeneReviewsR [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2021. Available from:
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1146
2.Rosenberg H, Rueffert H. Clinical utility gene card for: malignant hyperthermia. Eur J Hum Genet. (2011) 19(6).
3.Gurunluoglu R, Swanson JA, Haeck PC. Evidence-based patient safety advisory: malignant hyperthermia. Plast Reconstr Surg. (2009) 124(4 Suppl):68S-81S.
4.Malignant hyperthermia. Orphanet encyclopedia,
http://www.orpha.net/consor/cgi-bin/OC_Exp.php?lng=en&Expert=423
5.Hosokawa Y, Casa DJ, Rosenberg H, Capacchione JF, Sagui E, Riazi S, Belval LN, Deuster PA, Jardine JF, Kavouras SA, Lee EC, Miller KC, Muldoon SM, O'Connor FG, Sailor SR, Sambuughin N, Stearns RL, Adams WM, Huggins RA, Vandermark LW. Round Table on Malignant Hyperthermia in Physically Active Populations: Meeting Proceedings. J Athl Train. (2017) 52(1938-162X):377-383.
6.Online Medelian Inheritance in Man, OMIMR. Johns Hopkins University, Baltimore, MD. MALIGNANT HYPERTHERMIA, SUSCEPTIBILITY TO, 1; MHS1. MIM: 145600: 2017 Mar 02. World Wide Web URL: http://omim.org.
7.JSA guideline for the management of malignant hyperthermia crisis 2016. J Anesth. (2017) 31(1438-8359):307-317.
8.Urman RD, Rajan N, Belani K, Gayer S, Joshi GP. Malignant Hyperthermia-Susceptible Adult Patient and Ambulatory Surgery Center: Society for Ambulatory Anesthesia and Ambulatory Surgical Care Committee of the American Society of Anesthesiologists Position Statement. Anesth Analg. (2019) 129(1526-7598):347-349.
9.悪性高熱症患者の管理に関するガイドライン2016 -安全な麻酔管理のために-. 日本麻酔科学会
10.Kraeva N, Sapa A, Dowling JJ, Riazi S. Malignant hyperthermia susceptibility in patients with exertional rhabdomyolysis: a retrospective cohort study and updated systematic review. Can J Anaesth. (2017) 64(1496-8975):736-743.
11.Litman RS, Smith VI, Larach MG, Mayes L, Shukry M, Theroux MC, Watt S, Wong CA. Consensus Statement of the Malignant Hyperthermia Association of the United States on Unresolved Clinical Questions Concerning the Management of Patients With Malignant Hyperthermia. Anesth Analg. (2019) 128(1526-7598):652-659.
12.Online Medelian Inheritance in Man, OMIMR. Johns Hopkins University, Baltimore, MD. MALIGNANT HYPERTHERMIA, SUSCEPTIBILITY TO, 5; MHS5. MIM: 601887: 2020 Apr 01. World Wide Web URL: http://omim.org.
13.Genomic Testing (Secondary Findings) ACT Sheet: RYR1 and CACNA1S Pathogenic Variants (Malignant Hyperthermia). URL: https://www.acmg.net/PDFLibrary/Malignant-Hyperthermia.pdf
14.かずさ遺伝子検査室. [Accessed 2021 Jul 21] URL: https://www.kazusa.or.jp/genetest/index.html
15.遺伝性筋疾患の遺伝学的解析. [Accessed 2021 Jul 21]
URL: https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r1/geneticdx.htm
16.広島大学大学院医系科学研究科麻酔蘇生学 [Accessed 2022 Dec 26] URL: https://anesth.hiroshima-u.ac.jp/